企業の研修動画には、独特の退屈さがある。作った本人も面白いとは思っていないが、必要だから作る。Synthesia が狙っているのは、まさにその「必要だから作る」動画の山だ。2017年にロンドンで生まれ、スタンフォードやケンブリッジ、UCL の研究者が創業に加わったこの会社を、Forbes は「AI アバターで企業研修を作り替える四十億ドルのスタートアップ」と呼んだ。派手さより、業務に食い込む地味な強さで評価されている会社である。
実際に触ると、設計思想が「一本の名作」ではなく「100本の実用品」に向いていることがよく分かる。アバターは240種類以上、音声は1,000種類以上あり、台本を貼り付けて選ぶだけで完成する。真価が出るのは修正のときだ。台本の一行を直したとき、動画をまるごと作り直さずに該当箇所だけ再生成できる。マニュアルの改訂に合わせて動画を直す、という現実の運用に噛み合った作りだ。
多言語も強い。140以上の言語への吹き替えと翻訳に対応し、リップシンクも合う。日本法人向けの研修を英語の本社版から作る、あるいは日本語で作ったものを海外拠点に配る、という往復が一つの画面で完結する。字幕の自動生成もあり、ブランドキットで会社の色やロゴを統一することもできる。動画が増えるほど効いてくる種類の機能が揃っている。
気になる点が二つある。一つは無料プランで、25本まで生成できるもののダウンロードができず透かしも付く。品質を確かめるためのもので、実務に持ち出すことはできない。動画の中身は日本語にできるが、操作画面そのものは英語のみだ。翻訳を横に置けば済む程度ではあるが、チームで共有する道具としては一手間になる。加えて、ストックアバターをテレビ放映や政治的な用途、有料広告に使う場合は個別の同意が必要という制約もある。
用意されたアバターは、誰にでも何にでも喋らせられるわけではない。ストックのアバターが使えるのは、中立で、事実に基づいた、教育的な内容に限られる。台本に医療や法律や金融の話が混じっていたり、ニュースや政治に触れていたり、実在の人物や企業や最近の出来事に言及していると、その動画は通らない。商品を勧めさせることもできず、特定の組織の代表として喋らせることもできない。意見を述べさせるのも駄目だ。つまり「新商品の紹介動画を既製のアバターで作る」という、いちばん思いつきやすい使い方が、そのままでは通らない。その用途なら自分のアバターを作ることになる。却下されたときは不服申し立ての窓口が用意されているが、通す前提で工程を組まないほうがいい。
料金は Starter から。年払いにすれば月あたりが下がり、これは同種のサービスの中では手頃な部類だ。無料の Basic でも月1,200クレジット(最大十分相当)を使って中身を確かめられるので、透かし付きでよければ判断材料は無料で揃う。
向いているのは、動画を「作品」ではなく「資料」として量産したい人だ。逆に、一本に手をかけて感情を動かす映像を作りたいなら、この道具は少し無機質に感じるだろう。まずは自社のマニュアルを一章ぶんだけ貼り付けて、生成してみてほしい。その一本が使えるなら、あなたの棚に眠っている資料は全部動画にできる。
導入を検討するなら、社内の合意形成も要る。AI アバターの動画は、見る人によって受け取り方が割れる。「効率的で助かる」と感じる人もいれば、「人が話していないことに違和感がある」と感じる人もいる。研修や手順説明のように情報の伝達が目的の動画では前者が優勢だが、経営メッセージのように人柄を伝えたい動画では後者の反応が出やすい。用途を選ぶ道具だと割り切って、向く場所から入れていくのが失敗しにくい。
使い始めの落とし穴は、台本をそのまま喋らせてしまうことだ。人が話す前提で書かれた文章は、AI が読むと不自然な間になりやすい。一文を短く切り、接続詞を減らし、漢字の読み間違いが起きそうな固有名詞は事前に読みを指定しておく。この下ごしらえを一度覚えてしまえば、二本目以降の完成度がはっきり変わる。動画を作る技術より、読ませるための文章術のほうが効く道具である。
比較の軸をもう一つ挙げる。更新の頻度だ。一度作って終わりの動画なら、どのサービスでも大差はない。制度が変わるたびに手直しが必要な資料こそ、部分再生成が効いてくる。



